近年、高齢者を狙った訪問販売や「無料点検」を名目とする詐欺が全国で相次いでいます。
国民生活センターによれば、訪問販売に関する相談のうち約7割が60歳以上の高齢者から寄せられており、特に屋根や外壁の修理、健康器具の販売、シロアリ駆除などで高額な契約を結ばされるケースが目立っています。(出典:独立行政法人国民生活センター「訪問販売トラブルにご注意!」)。
こうした詐欺は、「今だけ無料で点検します」「すぐに直さないと危険です」といった言葉で不安をあおり、契約を急がせるのが特徴です。
なかには契約書を渡さなかったり、口頭だけで契約を成立させようとする悪質な業者も存在します。被害は高齢者本人だけでなく、離れて暮らす家族にも大きな精神的・経済的負担を与えます。
しかし、事前に典型的な手口や法律上の対処法を知っておけば、被害は未然に防ぐことが可能です。
また、被害に遭ってしまっても、特定商取引法に基づくクーリングオフや契約取消し制度を利用することで、契約解除や返金を求められる場合があります。
この記事では、高齢者が狙われやすい理由、実際の詐欺手口と被害事例、契約後の対処法、そして訪問販売や無料点検を安全に断る方法まで、わかりやすく解説します。
ご自身やご家族を守るための予防策として、ぜひ最後までお読みください。
高齢者が狙われやすい理由
高齢者をターゲットとした訪問販売や無料点検の詐欺は、偶然ではなく「狙いやすい条件」が重なった結果として発生します。
悪質業者はこうした弱点や生活パターンを熟知しており、計画的に接触してくるのが特徴です。
ここでは、高齢者が被害に遭いやすい背景を4つの側面から解説します。
日中自宅にいる時間が長く、訪問を受けやすい
高齢者は退職後や日中の外出頻度が少ないため、自宅にいる時間が長くなります。そのため、平日の昼間に訪問してくる販売員や点検業者に遭遇する可能性が高くなります。
特に一人暮らしや夫婦のみの世帯では、来訪者に対して警戒心よりも「話し相手になるかもしれない」という気持ちが先に立ち、応対してしまうことがあります。
このような生活習慣が、悪質な訪問販売業者にとって格好の狙い目になります。
話を最後まで聞く傾向があるため断りにくい
高齢者の多くは礼儀を重んじる世代であり、途中で相手の話を遮ることを失礼と感じる傾向があります。
このため、営業トークを最後まで聞いてしまい、断るタイミングを失うケースが少なくありません。
業者側はこの心理を熟知しており、長時間の説明や巧みな雑談で相手の警戒心を徐々に薄れさせ、最終的に契約を迫る手口を用います。
「親切心」や「義理」を利用されやすい心理的要因
訪問販売の中には、初対面でも「近所で工事をしていて…」「お宅が心配で…」と親切心を装って近づくケースがあります。高齢者は「助けてくれた相手にはお礼をしなければ」という義理人情を大切にする傾向があり、この感情を悪用されると、不要な契約や高額な支払いに応じてしまう危険があります。
特に地域密着型を装った業者は、地元の人間関係や評判を利用して信頼を勝ち取りやすくします。
加齢による判断力の低下・最新情報へのアクセス不足
加齢とともに記憶力や判断力が低下し、契約内容や支払条件の正確な理解が難しくなる場合があります。また、インターネットや最新の詐欺手口に関する情報に触れる機会が少ないため、悪質商法の新しいパターンを知らずに応じてしまうケースもあります。
内閣府の高齢社会白書(令和6年版)によれば、65歳以上のインターネット利用率は約70%にとどまり、特に80歳以上では約40%に低下しています。
この情報格差が、詐欺被害のリスクをさらに高めているのです。
訪問販売や無料点検で使われる典型的な手口
ここでは、実際に高齢者が巻き込まれやすい訪問販売や無料点検の詐欺手口を具体的に紹介します。
これらの方法は全国で多数の被害が報告されており、業者によって多少の違いはありますが、いずれも共通して「相手を安心させる → 不安を煽る → 契約を急がせる」という心理的流れを利用します。
知っておくことで、不審な訪問を受けたときに早期に気づき、断る判断がしやすくなります。
無料点検からの高額修理契約
屋根や外壁、床下などを「無料で点検します」と言って訪問し、その場で重大な不具合を見つけたと装う手口です。
「このままだと雨漏りで家が傷む」「シロアリに侵食されている」といった不安を煽り、即時の修理契約を迫ります。
実際には問題がなかったり、必要以上に高額な見積もりを提示されるケースが多く、国民生活センターの相談事例でも頻出する手口です(出典:独立行政法人国民生活センター「点検商法にご注意」)。
健康器具・寝具の訪問販売
「腰痛が改善する」「血行が良くなる」など、科学的根拠が乏しい効能を強調して、高額な健康マットやマッサージ機を販売します。
訪問時に「試しに座ってみてください」「寝てみてください」と体験させ、購入意欲を刺激するのが特徴です。
高齢者は健康に関する不安が大きく、効果を信じやすいため、数十万円単位の契約を結んでしまう事例が後を絶ちません。
特定商取引法では、訪問販売時に虚偽や誇大な説明をすることは違法とされています。
リフォーム商法
「国や自治体の補助金が使えるので安く工事できます」と持ちかけ、不要または過剰なリフォーム契約を結ばせる手口です。
実際には補助金制度が存在しなかったり、申請条件を満たしていないのに契約を進めるケースが多く、消費者庁も注意喚起を行っています(出典:消費者庁「住宅リフォーム工事の契約トラブルにご注意ください」)。
高齢者は「国や市が関わっているなら安心」という思い込みを利用されやすく、被害に直結します。
水回り・害虫駆除の緊急対応商法
「近くで工事をしていたらお宅の水道から水漏れの音がする」「シロアリが発生しているかもしれない」と緊急性を装って訪問し、そのまま作業を始めて高額な料金を請求する手口です。
高齢者は突然のトラブルに弱く、「すぐに直さなければ」と考えてしまいがちです。
中には作業後に見積もりを出し、相場の数倍を請求する悪質業者も存在します。
このような手口はいずれも、「無料」「補助金」「緊急」という言葉で警戒心を緩め、その直後に契約を迫る点が共通しています。
実際に契約してしまった場合でも、特定商取引法に基づくクーリングオフが可能な場合があるため、すぐに契約書や領収書を確認し、早めに相談することが重要です。
実際にあった高齢者被害事例
実際の被害事例を知ることは、訪問販売や無料点検による詐欺の危険性を理解するうえで非常に有効です。
手口は巧妙で、高齢者本人はもちろん、家族や近所の人も被害に気づきにくいことがあります。
ここでは、全国の消費生活センターや報道で取り上げられた事例をもとに、代表的なケースを紹介します。
ケース1:屋根の無料点検後に100万円以上の修理契約
80代の一人暮らしの女性宅に、作業服姿の男性が「近所で屋根工事をしていて、お宅の瓦がずれているのが見えた」と訪問。無料で点検すると言われ承諾したところ、「放置すると雨漏りで家が住めなくなる」と警告され、その場で100万円以上の修理契約を結んでしまいました。後日、家族が契約書を確認すると、相場の数倍の金額が記載されており、国民生活センターに相談。クーリングオフが適用され、契約解除に至った事例です(出典:独立行政法人国民生活センター「屋根工事の点検商法にご注意!」)。
ケース2:健康マットを「試用」だけのつもりが購入契約に
70代の男性が、健康器具の訪問販売員から「無料で体験できます」と勧められ、マットに30分ほど横になりました。「腰痛が楽になったでしょう?」「血行が改善しています」と言われ、販売員の熱心な説明に押されるまま契約書に署名。後日、家族が気づいたときにはすでに高額(40万円)の引き落としが始まっていました。消費生活センターに相談し、特定商取引法違反(誇大広告)の疑いで販売元に対応を求め、返金を受けられたケースです。
ケース3:床下点検後にシロアリ駆除を高額請求
高齢夫婦のもとに「近所でシロアリが大量発生している」と訪問してきた業者が、床下を無料で点検。点検後「このままだと家が傾く」と不安を煽り、駆除費用として60万円を請求しました。夫婦は不安から支払いに応じましたが、その後別業者に調査を依頼したところ、シロアリ被害は全くありませんでした。消費生活センターの助言により、契約書面の不備を理由に契約が解除されました。
ケース4:息子を名乗る人物と訪問業者が共謀する特殊詐欺型
一人暮らしの高齢女性宅に息子を名乗る人物から電話があり、「家の修理費が必要になった。すぐに業者が行くから契約してほしい」と依頼。その直後に訪問業者が現れ、屋根修理契約を結ばせました。女性は息子の依頼だと思い込み、数十万円を支払いましたが、後日息子に確認して詐欺と判明。警察に相談し、被害届を提出しました。このように、訪問販売と振り込め詐欺の要素を組み合わせた「複合型詐欺」は年々増加しています(出典:警察庁生活安全局「特殊詐欺の手口」)。
これらの事例は、いずれも「緊急性」や「親切心」に付け込む手口であり、事前に知っておくことで回避できる可能性があります。次のセクションでは、こうした被害に遭ってしまった場合の法律上の対処法について解説します。
契約してしまった場合の法律上の対処法
訪問販売や無料点検の詐欺的勧誘に応じてしまっても、すぐに諦める必要はありません。
特定商取引法や消費者契約法などの法律では、契約後でも一定の条件を満たせば解約や返金を求められる制度が整備されています。
ここでは、契約をしてしまった後に取れる具体的な対処法を4つ紹介します。
クーリングオフ制度(訪問販売や電話勧誘販売に適用/8日以内)
クーリングオフ制度とは、訪問販売や電話勧誘販売など特定商取引法で定められた取引について、一定期間内であれば無条件で契約を解除できる制度です。訪問販売の場合、契約書面を受け取った日から8日以内に書面またはメールで通知することで適用されます(出典:特定商取引法第9条)。
ポイントは「契約日ではなく契約書面を受け取った日から起算」すること。また、業者がクーリングオフの説明をしなかった場合や契約書面に不備がある場合は、8日を過ぎても適用できるケースがあります。
契約書面不備による取消し(特定商取引法違反)
特定商取引法では、訪問販売時に交付される契約書面に必要な事項(販売業者の名称、住所、契約日、商品やサービスの内容、金額、クーリングオフに関する説明など)が記載されていなければ、契約の取り消しが可能です(出典:特定商取引法第5条、第9条)。
例えば、契約書に販売業者の住所が書かれていない、クーリングオフの説明が欠落している場合は、契約後かなり時間が経っていても取り消せる可能性があります。
この場合、証拠となる契約書や領収書を必ず保管しておくことが重要です。
消費生活センター・行政機関への相談
訪問販売や無料点検で不審な契約をしてしまった場合は、速やかに最寄りの消費生活センターに相談しましょう。
全国どこからでも「188」(いやや!)に電話すれば、最寄りのセンターにつながります(出典:消費者庁公式サイト)。
消費生活センターでは、クーリングオフの通知書作成や業者との交渉方法について助言を受けられます。
また、自治体によっては高齢者被害専用の相談窓口や訪問相談サービスを設けている場合があります。
弁護士・司法書士への相談タイミング
業者がクーリングオフや契約取消しに応じない場合や、すでに支払い・工事が進んでしまっている場合は、弁護士や司法書士への相談を検討しましょう。
弁護士は損害賠償請求や契約解除の法的手続きを代理でき、司法書士(簡裁訴訟代理権保有者)は140万円以下の民事事件を代理できます。
法テラスを利用すれば、一定の収入基準を満たす場合に無料相談や費用の立替制度も利用可能です(出典:日本司法支援センター〈法テラス〉)。特に高額被害や悪質業者との交渉が難航しているケースでは、早めの専門家介入が有効です。
このように、契約後でも法律や制度を活用すれば、被害を最小限に抑えることは可能です。次のセクションでは、そもそも契約に至らないための訪問販売・無料点検を断る方法を具体的に解説します。
訪問販売・無料点検を断る方法
訪問販売や無料点検は、その場で契約しないことが最も重要です。
しかし、突然の訪問に戸惑い、うまく断れない方も少なくありません。特に高齢者は「相手に悪い」「話だけなら…」と応じてしまう傾向があります。
ここでは、高齢者本人でも使いやすく、家族や周囲の人も共有できる断り文句と対応のコツを紹介します。
「家族に相談しないと決められません」
契約を迫られたときに有効な断り文句です。業者が「今だけ」「すぐに決めて」と急かしてきても、「家族に相談してからにします」と答えることで、即決を避けられます。特に一人暮らしの高齢者には、この言葉を習慣化するよう家族から事前に伝えておくと効果的です。
「必要なときはこちらから連絡します」
相手の営業トークを断ち切るためのフレーズです。「今すぐ必要ではない」という意思表示を明確にし、こちらが主体的に連絡する姿勢を見せることで、その場の押し売りをかわしやすくなります。このとき、電話番号や住所などの個人情報は絶対に教えないようにしましょう。
「契約する気はありません」
もっともストレートかつ法的にも有効な意思表示です。特定商取引法では、消費者が明確に契約意思を否定したにもかかわらず勧誘を続けることは禁止されています(出典:特定商取引法第3条の2)。断るときは曖昧な表現ではなく、「契約しません」「必要ありません」とはっきり伝えましょう。
ドアを開けずインターホン越しに対応する習慣
そもそも対面で会話しないことが最大の防御策です。インターホン越しに「必要ありません」と伝え、相手が名刺や資料を渡そうとしてもドアを開けないようにします。また、録画機能付きインターホンや留守番電話の設定も有効です。家族が離れて暮らす場合は、こうした機器の導入を検討すると安心です。
こうした断り方を日常的に意識することで、悪質業者との接触を最小限に抑えることができます。特に高齢者の一人暮らし世帯では、家族や近隣住民がこうした断り文句を共有し、日常会話で繰り返し伝えることが予防につながります。
家族や周囲ができる予防策
高齢者本人の注意だけでは、訪問販売や無料点検を装った詐欺を完全に防ぐのは難しい場合があります。
そこで重要になるのが、家族や周囲の見守りです。定期的なコミュニケーションや環境づくりによって、被害の芽を早期に摘むことができます。
ここでは、家族や地域の支援者が実践できる予防策を紹介します。
定期的に契約内容や支出を確認する
月に一度や季節ごとなど、定期的に高齢者の契約書や請求書、銀行の出入金明細を一緒に確認します。不審な新規契約や高額請求があれば早期に気づくことができます。
特に一人暮らしの高齢者は契約内容を家族に伝えていないことも多いため、「何か契約したら必ず知らせてね」という習慣づけが重要です。
「無料」「お試し」に注意するよう事前に話し合う
訪問販売や点検詐欺の多くは「無料」「お試し」という言葉から始まります。
事前に「無料と言われてもすぐに家に入れない」「お試し品を受け取らない」というルールを家族間で共有しましょう。
実際にあった被害事例を交えて説明すると、より理解が深まります。
留守番電話設定やインターホン録画機能の活用
電話や玄関先で直接やり取りをせず、まずは録音・録画を経由する習慣をつけることで、不審な訪問や電話を回避できます。
録画機能付きインターホンや留守番電話は、家族が離れて暮らしていても後から内容を確認できる点で有効です。
特に高齢者が「直接対応しなければ」と思い込まない環境作りが大切です。
悪質商法事例をニュースや自治体資料で共有する
定期的にニュースや自治体が発行する消費生活だより、警察の防犯情報などを一緒に確認し、「こういう手口があるんだよ」と話し合うことが効果的です。
身近な地域での事例を共有することで、高齢者が自分事として受け止めやすくなります。
消費者庁や国民生活センターの公式サイトでも最新の注意喚起情報が公開されています。
こうした予防策を日常的に取り入れることで、高齢者が訪問販売や無料点検詐欺のターゲットになっても、被害を回避できる可能性が高まります。
まとめ
高齢者を狙った訪問販売や無料点検詐欺は、巧妙な話術や心理的な揺さぶりによって契約を急がせるのが特徴です。
この記事で紹介したように、被害は「無料」「お試し」「今だけ」という甘い言葉から始まり、結果として高額な契約や不必要なサービスを押し付けられるケースが後を絶ちません。
被害を防ぐためには、
- 高齢者が狙われやすい背景を理解し、日頃から警戒すること
- 典型的な手口や実際の事例を知っておくこと
- 契約後でもクーリングオフや契約取消しが可能な場合があると知ること
- 家族や地域が一緒に見守り、断り方や予防策を共有すること
が大切です。
もしも「契約してしまったかも」「請求額がおかしい」と感じた場合は、一人で悩まずに**消費者ホットライン(188)**へ電話しましょう。専門の相談員が、契約の確認や解約手続きの方法、必要な書類などについて助言してくれます。
被害を未然に防ぐには、知識と日常の習慣づけが何よりの武器です。ご自身やご家族を守るために、今日からでもできる対策を取り入れていきましょう。